電話級(現4級)の新制度ができる直前の1958年(昭和33年)9月、大阪府守口市の大阪電気通信大学高等学校で行われた旧2アマを受験して、無事合格しました。 間もなく50年になろうとしています。同年12月末に開局申請し、JA3AVOの予備免許が与えられたのは、1959年5月4日付でした。落成検査をへて正式に免許されたのは8月10日付け。以後、浮き沈みはあったものの、免許を切らすことなく、先日「開局49周年」を通過し、50年目に入りました。「よく続いたものだ」と、我ながら感心する一方、この趣味があったから、リタイア後の人生を楽しめている・・と、感謝する昨今です。
合格通知のハガキの表には「近く電波法が改正されるので、早く従事者免許を申請するように」との趣旨のお知らせが、手書き文字のガリ版刷りで書いてあります。時代をしのばせますね。
いろんな雑誌やWebなどで紹介されている先輩の方々に比べれば、何の特徴もないハム人生ですが、記憶が薄れてなくならないうちに、そして、できるだけ残っている古文書?類を引き合いに出して、書いていきたいと思います。
