
前回(6)の局免が開局時のものではなく、2代目だったため「やっと、私がこの世にいる時の話になりました」というコメントをいただきましたが、また“前世”に逆戻りしたかもしれません。(^_^;)
1958年(昭和33年)11月にアマチュア無線の資格は、従来の1アマ、2アマの二本立てから、1アマ、2アマ、電信、電話級(モールスの試験がないクラス)の4クラスとなりました。この変更で、私の取った2アマは1968年(昭和43年)までにCWの追試験(英文45字/分)を受けることにより「新2アマ」に移行でき、7MHz以下、28MHz帯以上のオールモードで100Wの運用が認められることになりました。ただ、10Wを超える局は落成検査が必要で、国際bandの14MHz,21MHzはまだ認められていませんでした。
“旧”とはいえ折角取得した2アマをふいにするわけにはいきません。いま思うと若かったんですね。1960年(昭和35年)6月に新2アマの従免を手にすることが出来ました。当時は大学1年生。高校2年でハムの試験を受け、3年に開局、大学1年にまた試験・・・。本業の勉強そっちのけでハムにのめりこんでいけたのは、大学受験のないエスカレーターに乗っかっていたからでした。
この新2アマの取得を境に、私の運用パターンはCWへと大きく舵を切ることになります。
野球の話しを書くなんて珍しいのですが、内野自由席のチケットが2枚あるので、どなたか活用してくださる方はいないかな・・と思いまして。もちろん無料です。
・8月29日(金)18:00 試合開始
・スカイマークスタジアム
・内野自由席 2枚

月刊59誌が廃刊の危機とのこと。あるルートから入手した同誌7月号の巻頭言「ハムの目〜編集スタッフ募集〜」(筆者・草野利一編集長/JA1ELY)を読んで、正直なところ同じ編集人間として「残念」との思いを禁じ得ませんでした。
いま手元に2004年11月号があります。写真はその表紙です。関西の4S7(スリランカ)グループに参加したときのものです。私自身、同誌にコラムを書いたこともありますし、一時は熱心な読者でもありました。しかし、あるときを境に疎遠になっていたところに、このニュースです。
草野さんを知る人に、いまさら説明の必要はないでしょうが、はっきり言ってファンも多いが、そうでない人も多い。組織ではなく個人で、20年以上も雑誌を発行してきた人ですから、不思議なことではないでしょう。PLC訴訟でマスコミにも登場し、JARL総会ではかなりの数の委任状をバックに、いつも発言する人ですから・・・。
いまハム関連の専門誌は「CQ」と「59」のみ。両者が対等に競争しているとは、正直思いませんが、仮に「59」が廃刊すれば、「CQ」1誌だけになってしまいます。資本主義社会で「独占」は、どういう分野であれ好ましいことではありません。
私自身、草野さんとは考えに相容れない部分もあるのですが、もう少し若ければ立候補していたことでしょう。1日も早く後継者の出てくることを、願っています。

この夏は、涼しい期間が長かったせいか、セミがまだ鳴きません。
ところが、今朝、2階のベランダの壁に、1匹。じっとへばりついていて、しばし孫たちの鑑賞の対象になりました。
7月も半ばになって、しかもこんなに暑くても、セミの合唱が聴けない。やはり地球はおかしいのでしょうか。

アメリカのハムから娘宅に届いたSASEの返信用封筒に貼ってあった切手ですが、数字がありません。何でしょう??
“FOREVER”というのは、郵便料金が値上げされても、そのまま使える切手だそうです。この切手は現在42セント。いずれにしても、米国内で使う切手ですから、私がもらっても役に立ちません。
「QRZ.COM」には「Please do not send to FL,USA」と書いてあるのですが、時々娘宅にSASEが届きます。いっそ、娘にカードの書き方を教えて、QSLマネージャーになってもらおうか・・なんて話してます。
【P.S.】
ここに詳しく書かれています。
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